群れない女のひとり旅

Beatrice è sempre in viaggio da sola. 海外ひとり旅歴14年、焦燥感に駆られて旅に出ます

ルーベンスはお金持ちだったとしみじみ思う@ルーベンスハウス

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ランチの後はルーベンスハウスの見学です。ここはピーテル・パウル・ルーベンスが自ら設計した彼の邸宅兼アトリエ、現在は博物館になっています。

 

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チケットは8€。 

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暖炉。

 

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立派な調度品の数々。

 

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ベッドルーム。天蓋付きのオーク材の立派なベッドですがずいぶんと小さい。当時は上半身を起こした状態で寝ていたそうです。

 

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階段も素敵。

 

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アントワープの名士だったルーベンスですから、こういった装飾品を身につける機会も多かったことでしょう。

  

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2階までぶち抜いたギャラリーにはたくさんの絵画が展示されています。

 

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中央上が「受胎告知」下は「アダムとイヴ」です。

 

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ルーベンスの工房出身者の出世頭、アンソニー・ヴァン・ダイクの自画像。

 

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このギャラリーでひときわ目を引く大きな作品。1590年3月14日、アンリ4世がイヴリーでカトリック同盟軍に勝った様子が描かれている「イヴリーの戦いでのアンリ4世」の習作です。これを目にして思わず嬉しくなりました。なぜならアンリ4世は歴代フランス王の中で最も私のお気に入りの王様なので。もうひとつ構図違いの同じ名前の作品がありますが、そちらは現在ウフィッツィ美術館に収蔵されています。

 

musey.net

 

本来この作品は連作のうちのひとつとなるはずでした。ルーベンスはアンリ4世の王妃であったマリー・ド・メディシスの依頼で、王と王妃の生涯を描く2組の連作を描く予定だったのです。あいにくアンリ4世の連作は未完のまま終わりましたが、王妃マリーの連作24点は完成し現在ルーヴル美術館に収蔵されています。

 

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「マリー・ド・メディシスの生涯」全24点。(2014年6月撮影) ルーベンスの作品の中で私が1番好きなのはこのシリーズです。アンリ4世の姿もこの連作の中にしばしば描かれています。

 

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連作の中のひとつ、フィレンツェで行われた「マリーとアンリ4世の代理結婚式」。花婿のアンリは多忙でパリを動くことができず(一説には愛人たちのお相手をするのに忙しかったとか)、マリーの叔父さんが花婿代理を務めたそうです。実はこの結婚式にルーベンスもちゃっかり出席しているのです。マリーの後ろで大きな十字架を持っているのがルーベンス。当時の彼はマントヴァ公ヴィンチェンツォ・ゴンザーガの宮廷画家兼外交官でした。

 

…ちょっと脱線しました。ルーベンスハウスに戻ります。

 

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外に出ると建物の外観もゴージャス。 

  

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ベンチのある風景。 

 

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最後は庭園を見学します。 

 

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石像や噴水もありましたが華美なところはあまりなく、家族や弟子たちとのんびりくつろいで過ごすにはうってつけと思える素敵な庭園でした。

 

マントヴァやブリュッセルの宮廷画家を務め、外交官としても活躍し、ローマ滞在中はヴァチカンとも交流があり、あまたの王侯貴族や名士たちが顧客だったのですから当然裕福だったのでしょうね。
画家としての名声も富も手に入れた恵まれた生涯だなぁとしみじみ思うのでした。